久しぶりに本の話です。
以前も書いた安房直子さんの本。
「きつねの窓」が有名ですが、他にも好きな作品がいくつかあります。
その一つ、「ひぐれのお客」。
安房さん特有の色へのこだわりがよく出ています。
何回読み返しても、情景がありありと出てきて美しい文章に心打たれます。
こんな文章で始まります。
裏通りに、小さいお店がありました。
ボタンや、糸や裏地を売っているお店でした。
ここにくるお客は、たいてい、近所のお母さんたちです。それから、編みものも好きな、若いむすめさんたちです。
最近はこんなお店がどんどん閉店してしまうので、たまに何か手作りしたい時に困ってしまいます。
安房さんの本には、個人経営の小さなお店がよく出てくるんですよね。
「はいはい、まいど」
お店の主人の山中さんは、そのたびに、にっこり笑って、天じょうまで届きそうに高いたなから、緑の毛糸を取り出したり、引き出しから、貝ボタンを七つ取り出して、小さなふくろに入れてあげたりするのでした。
この文章で、あぁそうそう、こういうお店って天井まで布や毛糸が積み上げられて、小さなたくさんの引き出しには、細かいボタンや可愛い飾りが入っているのよねと懐かしくなります。
特に手作りが得意なわけでもないのに(どちらかというと苦手)、こいううお店に来ると何が置いてあるのかワクワクします。
本の中では、そんななか珍しいお客がやってきます。
冬の日暮れどきに、真っ黒いマントを着た真っ黒い猫が、マントの裏地に使う赤い布を買いに来たのです。
マントは上等のカシミヤで、裏地は百パーセントの絹でなきゃダメという、かなりの贅沢な黒猫です。
その猫の色へのこだわりがまたすごい。
「ええ、赤は赤でも、ぼくは、ストーブの火の色がほしいんです。この色はお日さまの色ですよ。」
「ちょっと、目を細めてごらんなさい。ほら、これは、夏のま昼のお日さまの色でしょ。かあっとてりつけて、ひまわりもカンナも、トマトもすいかも、みいんないっしょくたに燃え上がらせる、あの時の色じゃありませんか。」
山中さんは小さくうなずきました。ああ、そういえば、そのオレンジがかった赤の中には、真夏のまぶしさと、あえぎがありました。
「赤は、全体に、あったかい色ですけどね、そのあったかさにも、いろいろありましてね、おひさまのあったかさ、ストーブのあったかさ、それから、夜の窓にともっている明かりのあったかさ…これ、みいんな違います。それから、ストーブのあったかさにも、まきストーブと、ガスストーブと、石油ストーブがありますけどね、ぼくは、まきストーブの感じが好きなんです。まきストーブが、パチパチ音をたてながら燃えるときのあの感じ。ただ、あったかいだけじゃなくて、こう、心が安まって、いつのまにか、ふうっと眠くなってゆくような感じです。不完全燃焼やら、ガスもれなんか気にしないで、森や林や野原のことを考えながら、安心して眠れる、あの感じは、もう、まきストーブしかありませんからねえ。」
店主の山中さんは七種類の赤い布を出して、お客の黒猫から色の細かな違いや見方、感じ方を教えられるのです。
そうすると、だんだん山中さんも色の違いに気がつくようになっていきます。
黒猫が選んだ布地からは、かすかにまきの燃える音がして、かわいた木のにおいもしてくる。さわってみるとほんのりいい感じにあたたかいようでもある。
「やっと、わかってくれましたね。それじゃ、これを、三十三センチ切ってください。」
安房直子さんの本は、次の瞬間ファンタジーからピッと切られて現実に戻される感じがして、また好きなんです。
本自体は短いのでね、すぐ読めるボリュームなんですが、全ての情景を味わって読みたくなるし、全ての文章を味わって読んでほしい本なのです。
色の違いや色から受ける印象について、考え直してしまう本です。
黒猫のキャラクターがちょっとツンデレな感じで。最後は店主の山中さんと一緒に余韻に浸りたくなります。
今は、長女からすすめられて、梨木香歩さんの「西の魔女が死んだ」を読んでいます。有名なんだそうで、長女の国語の資料集にも載っていました。
読み終わって感想を書けそうだったら又書きます。